記事内にプロモーションが含まれています。

安倍川餅(あべかわもち)とはどんな餅?どこの名菓でいつからある?名前の由来についても

きな粉餅のうち、ご当地名菓である「安倍川餅(あべかわもち)」についてまとめました。

そもそも「安倍川餅」はどんなお餅?

どこの地域で販売されている名菓で、どのような歴史があるのでしょう。

また、安倍川餅という名前の由来についても掘り下げました。

スポンサーリンク
スポンサーリンク

「安倍川餅(あべかわもち)」とは、どんなお餅?

安倍川餅(あべかわもち)は『砂糖入りきな粉をまぶしたお餅』のこと。

また『こしあんを絡めたお餅』も安倍川餅と呼ばれます。

安倍川餅
写真素材ダウンロードサイト【写真AC】

きな粉餅・あんころ餅の2種類がセットの状態で「安倍川餅」と呼ぶのが、現在では一般的です。

つきたてのお餅を使用するため、柔らかい食感が特徴。

家庭で作る場合は、お餅を焼いた後にお湯にくぐらせ柔らかくしてからきな粉をまぶすと、お店の味が再現できます。

安倍川餅の種類について

現在、一般的とされる安倍川餅は、一皿で『きな粉』と『あんこ(こしあん)』という2種類の味を楽しめるものが定番です。

  • きな粉餅: 柔らかいお餅に、砂糖を混ぜた香ばしい『きな粉』をたっぷりとまぶしたもの
  • あんこ餅: お餅を甘い『こしあん』で包んだもの

いずれもシンプルでお餅本来の素朴な味わいが楽しめるのがポイント。

飽きのこない優しい味は、地元のみならず、お土産としても広く親しまれています。

さらに、近年ではアレンジとして、食べる直前に白砂糖をかけたり、わさび醤油につけるなど味変をして頂くこともあるとか。

名菓も時代とともに進化しているのですね。

「安倍川餅」はどこの名菓?

安倍川餅(あべかわもち)は静岡県静岡市の名菓です。

安倍川餅
写真素材ダウンロードサイト【写真AC】

安倍川餅の有名店は、静岡市にある和菓子屋「やまだいち」や、1867年創業の老舗「松柏堂本店」など。

1867年は江戸時代最後の年です。

そんな昔から愛されてきた名菓だったのですね。

つづいては、江戸時代から東海道の名物として旅人に愛されてきた、安倍川餅の歴史についてまとめていきます。

安倍川餅の歴史について

安倍川餅は江戸時代の初期にはすでに存在していました。

きな粉餅 安倍川餅
写真素材ダウンロードサイト【写真AC】

江戸時代の初期、1600年前後なので今から420年以上前となります。

そんな安倍川餅には、名前の由来とされているある逸話があります。

安倍川餅の名前は「徳川家康」が由来?

「安倍川餅」という名前は『江戸時代の初代将軍・徳川家康がつけた』という逸話があります。

それは徳川家康が駿府、今の静岡市に城を構えていたときのこと。

現在も静岡市を流れる安倍川の上流には笹山金山・日影沢金山といった金山があり、金の採掘が盛んに行われていました。

あるとき、金山の検分に訪れた家康に、近くの茶屋の店主がきな粉をまぶしたお餅を献上します。

そのきな粉餅があまりに美味しかったため、家康が作り方を尋ねたところ、店主は

この餅は、金山から産出する金の粉が安倍川へ流れるのをすくい上げて、餅にまぶしてつくるので『金粉餅(きんこもち)』と申します

と答えたとのこと。

この答えに感心した家康は店主に褒美を与えるとともに、きな粉餅に川の名前をとって「安倍川餅」と命名した、というのが言い伝えです。

花緒
花緒

きな粉は金山で採掘されていた「砂金」に見立てられているのですね。

また、この「家康命名説」とは別に、安倍川の茶屋で有名だったため次第に安倍川餅と喚ばれるようになった、という説もあります。

安倍川餅は「東海道中膝栗毛」にも登場

江戸時代初期に名付けられた安倍川餅は、その後、東海道を旅する人たちの間で人気を博していきます。

安倍川餅の人気ぶりは、1800年代初頭に書かれた十返舎一九の「東海道中膝栗毛」にもその名が登場するほど。

旅をする人にとって、手軽に栄養補給ができる安倍川餅はありがたかったのでしょう。

安倍川餅は江戸時代から、現代に至るまで、静岡のおみやげとして高い人気を誇っています。

※参考 安倍川もち 静岡県|うちの郷土料理:農林水産省

タイトルとURLをコピーしました